本多正信
ほんだ まさのぶ 1538〜1616
三河の鷹匠の家筋に生まれ、若き家康に仕えるも、三河一向一揆で一揆方につき出奔。流浪の末に帰参し、関東入国後は民政と幕政に手腕を発揮、江戸幕府草創期の年寄(老中の前身)として家康・秀忠の二元政治の中枢を担った。新井白石が家康との関係を「朋友の如く」と評した、徳川政権随一の参謀である。
ほんだ まさのぶ 1538〜1616
三河の鷹匠の家筋に生まれ、若き家康に仕えるも、三河一向一揆で一揆方につき出奔。流浪の末に帰参し、関東入国後は民政と幕政に手腕を発揮、江戸幕府草創期の年寄(老中の前身)として家康・秀忠の二元政治の中枢を担った。新井白石が家康との関係を「朋友の如く」と評した、徳川政権随一の参謀である。