〈本多正信〉三河一向一揆で家康に敵対した

永禄6年(1563)の一揆で弟正重とともに一揆方につき出奔したことは『三河物語』以下の諸書が一致して伝え、事実とみてよい。ただし「一揆軍の指導者・軍師だった」とする描写は後世の脚色・ドラマ的誇張(諸説〜俗説)で、当時の正信は20代半ばの小身。一揆方の一武士であったとみる方が穏当である。

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