〈本多正信〉松永久秀に仕え「非常の器」と評された

「徳川の侍は多く武勇一辺倒の輩だが、ひとり正信は剛にあらず、柔にあらず、卑にあらず、非常の器である」——初出は新井白石『藩翰譜』(1702年成立)系の所伝。出奔中の足取りを示す同時代史料はなく、仕官説自体が100年以上のちの編纂物に拠る。評言は「後の大物を大悪人が見抜いていた」という典型的な後知恵型逸話の構造を持ち、文言どおりの発言は考えにくい(俗説寄り)。ただし畿内・北陸を流浪した可能性自体は否定もできず、諸説の一つとして扱う。

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