蠣崎季広
かきざき すえひろ 1507〜1595
コシャマインの戦いを鎮めた武田信広を家祖とする蠣崎氏の当主。出羽・檜山安東氏の被官として蝦夷地南部を治め、アイヌ首長チコモタイン・ハシタインとの講和で道南に平和をもたらした。三男・慶広が豊臣政権から蝦夷支配を公認されるのを見届け、文禄4年(1595)に没した。
かきざき すえひろ 1507〜1595
コシャマインの戦いを鎮めた武田信広を家祖とする蠣崎氏の当主。出羽・檜山安東氏の被官として蝦夷地南部を治め、アイヌ首長チコモタイン・ハシタインとの講和で道南に平和をもたらした。三男・慶広が豊臣政権から蝦夷支配を公認されるのを見届け、文禄4年(1595)に没した。