〈蠣崎季広〉講和でアイヌとの100年戦争を終わらせた
初出は『松前家譜』(1643)と『新羅之記録』(1646)。同時代文書はないが、以後1世紀近く道南で大規模衝突が途絶えたこと、勝山館遺跡の考古学的様相と整合することから、講和の成立自体は研究上ほぼ認められる。年代(1549〜51)と「法度」の名称・条文の形は後世の整えで、実態は儀礼と貢物をともなう講和協定とみられる。
初出は『松前家譜』(1643)と『新羅之記録』(1646)。同時代文書はないが、以後1世紀近く道南で大規模衝突が途絶えたこと、勝山館遺跡の考古学的様相と整合することから、講和の成立自体は研究上ほぼ認められる。年代(1549〜51)と「法度」の名称・条文の形は後世の整えで、実態は儀礼と貢物をともなう講和協定とみられる。