北条氏政ほうじょう うじまさ 1538〜1590関東に大勢力を築いた後北条氏の四代目。小田原城に拠りましたが、豊臣秀吉の小田原征伐に敗れて自刃し、五代続いた北条氏は幕を閉じました。ゆかりのお城小田原城(城主)関わった合戦三増峠の戦い(1569年)神流川の戦い(1582年)北条氏政の逸話〈北条氏政〉約240万石の最大版図を築いた〈北条氏政〉隠居後も「御隠居様」として実権を握った〈北条氏政〉弟・氏照とともに城下で切腹した〈北条氏政〉三増峠で信玄に敗れた〈北条氏政〉正室・黄梅院を離縁し甲斐へ送り返した〈北条氏政〉御館の乱で弟・景虎を見殺しにした〈北条氏政〉上洛を拒否し続けて滅亡を招いた〈北条氏政〉辞世2首を残した〈北条氏政〉「汁かけ飯」で父に嘆かれた〈北条氏政〉「採れたての麦」を信玄に嘲られた〈北条氏政〉「小田原評定」= 決められない会議の元祖〈北条氏政〉そもそも「愚将」だった