〈北条氏政〉正室・黄梅院を離縁し甲斐へ送り返した

三国同盟破綻の報復として離縁・返送し、妻は失意のうちに27歳で死んだ——という通説は、浅倉直美「北条氏政正室黄梅院殿と北条氏直」(『武田氏研究』59号、2019)が1970年代の史料誤読から生じた事実誤認と論証。黄梅院は小田原に留まったまま死去したとみられ、海老名真治・黒田基樹両氏も支持する。氏政が早雲寺境内に菩提寺を建てた事実は動かない。

関連

〈北条氏政〉正室・黄梅院を離縁し甲斐へ送り返した | デジタル城下町 お城図鑑