一条兼定

いちじょう かねさだ 1543〜1585

応仁の乱を避けて土佐へ下向した前関白・一条教房に始まる「公家大名」土佐一条氏の最後の実質的当主。「中村御所」「土佐御所」と尊称された。長宗我部元親の台頭の中で重臣誅殺・隠居強制・豊後追放と転落し、渡川(四万十川)の戦いに敗れて大名家は滅亡。晩年は戸島で信仰に生きた。

ゆかりのお城

一条兼定の逸話