〈一条兼定〉義父・大友宗麟を頼って豊後へ

継室は宗麟の長女であり、追放された兼定が臼杵の大友氏を頼ったことは確実。佐伯惟教に迎えられたとする史料(『土州遺語』)もあり細部は諸説。豊後で兼定は隠居に甘んじず、数ヶ月後には伊予高森城主・梶谷景則と挙兵の相談をしている。

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