伊東義祐
いとう よしすけ 1512〜1585
日向を治めた大名で、飫肥城などを巡って島津氏と長く争いました。一時は日向に大きな勢力を築きましたが、のちに島津に押されて没落しました。
ゆかりのお城
伊東義祐の逸話
- 〈伊東義祐〉出家からの逆転 — 御家騒動を生き抜き当主へ
- 〈伊東義祐〉鐘銘「日薩隅三州大守藤原義祐朝臣」(伝)
- 〈伊東義祐〉飫肥をめぐる島津豊州家との80年戦争
- 〈伊東義祐〉「伊東崩れ」— 家臣の連鎖離反と佐土原放棄
- 〈伊東義祐〉孫・伊東マンショ — 豊後落ちの少年がローマへ
- 〈伊東義祐〉三男・祐兵による飫肥再興
- 〈伊東義祐〉日向統一と「伊東四十八城」
- 〈伊東義祐〉「西の京」佐土原と金閣を模した金柏寺
- 〈伊東義祐〉木崎原の戦い — 「3000対300」の大敗
- 〈伊東義祐〉雪中の米良越え — 豊後落ち
- 〈伊東義祐〉義祐の亡命が耳川の戦いを引き起こした
- 〈伊東義祐〉「船頭に浜辺へ捨てられた」堺での客死
- 〈伊東義祐〉「奢侈驕慢で自滅した暗君」だった