〈伊東義祐〉「奢侈驕慢で自滅した暗君」だった
「栄華に溺れ諫言する家臣を遠ざけたため滅んだ」という原因論は、没落の教訓譚として整えられた家記『日向記』の史観であり、寵臣・伊東帰雲斎の専横譚なども含め、そのまま事実とは断定できない。実際の叙位工作や外城制運用は義祐の有能さを示しており、暗君像は後世に増幅された面が大きい。
「栄華に溺れ諫言する家臣を遠ざけたため滅んだ」という原因論は、没落の教訓譚として整えられた家記『日向記』の史観であり、寵臣・伊東帰雲斎の専横譚なども含め、そのまま事実とは断定できない。実際の叙位工作や外城制運用は義祐の有能さを示しており、暗君像は後世に増幅された面が大きい。