〈伊東義祐〉三男・祐兵による飫肥再興

祐兵は播磨で秀吉に仕官し、九州平定の先導・調略で功を挙げて天正15年(1587)飫肥を回復。関ヶ原でも所領を安堵され、飫肥藩は明治まで存続した。父の代に失った城を子が取り戻した「御家再興」譚として、義祐の没落物語と対をなす。

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