大崎義直
おおさき よしなお ?〜1577
陸奥国大崎氏の当主。大崎氏は足利一門・斯波氏の分流で、室町幕府の奥州管領から奥州探題を世襲した名門である。兄・高兼の早世で家督を継ぎ、家臣の反乱、伊達稙宗の子・義宣の入嗣(事実上の乗っ取り)、天文の乱での家中分裂という激動を生き抜き、実子義隆への継承を確保した。天正5年(1577)死去と伝わる。
ゆかりのお城
大崎義直の逸話
- 〈大崎義直〉大崎氏は足利一門・斯波氏流の「超名門」だった
- 〈大崎義直〉家臣の反乱を自力で鎮圧できず、伊達稙宗に援軍を要請した
- 〈大崎義直〉義宣の入嗣は「大崎家臣団の懇望」によるものだった
- 〈大崎義直〉「天文の乱で大崎氏は稙宗方だった」
- 〈大崎義直〉乱後、義直は養嗣子義宣を辻堂で謀殺した
- 〈大崎義直〉義宣を「大崎氏12代当主」に数えるのは伊達側の修飾である
- 〈大崎義直〉義直は「11代当主」か「12代当主」か
- 〈大崎義直〉義直は「最後の奥州探題」だった
- 〈大崎義直〉永禄10年(1567)頃に実子義隆へ家督を譲った
- 〈大崎義直〉生年不詳、没年は天正5年(1577)
- 〈大崎義直〉古川持熙一族の壮絶な最期(妻の薙刀奮戦・一族殉死)