〈大崎義直〉古川持熙一族の壮絶な最期(妻の薙刀奮戦・一族殉死)

「持熙は館に火を放ち二子を先に自害させ、妻は薙刀で寄せ手に斬り込んで炎に身を投じ、持熙も敵兵二人を斬って果て、一族家臣15人が殉死した」という劇的な逸話は「旧川状」系統の後代記録・城の伝承によるもので、同時代史料の裏付けはなく軍記的脚色が濃厚。ただし古川氏がこの乱で没落し、古川が伊達勢力浸透の入口になった流れ自体は記録がある。

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