鬼庭綱元
おににわ つなもと 1549〜1640
伊達郡赤館城主・鬼庭良直(左月斎)の嫡男。奉行・評定役として伊達政宗の領国経営を統括し、豊臣・徳川両政権との折衝を担った。文禄年間に秀吉の命で「茂庭」に改姓。強制隠居に憤って出奔するが帰参し、仙台藩草創期の藩政を指導。政宗の四回忌当日に死去した。
ゆかりのお城
鬼庭綱元の逸話
- 〈鬼庭綱元〉父・左月斎は殿軍を務めて討死した
- 〈鬼庭綱元〉家康にスカウトされ、破談後に餞別をもらった
- 〈鬼庭綱元〉文禄の役では名護屋で兵站と折衝を担った
- 〈鬼庭綱元〉政宗の四回忌の「当日」に死去した
- 〈鬼庭綱元〉66歳で宇和島藩10万石を立ち上げた
- 〈鬼庭綱元〉父の仇・窪田十郎を赦して家来にした
- 〈鬼庭綱元〉香の前拝領・その2 — 伏見屋敷を固辞した代償
- 〈鬼庭綱元〉香の前拝領・その3 — 碁を打ったのは実は政宗
- 〈鬼庭綱元〉出奔の動機 — 引き抜き警戒か、香の前か
- 〈鬼庭綱元〉「鬼が庭にいては縁起が悪い」と秀吉が改姓させた
- 〈鬼庭綱元〉伊達三傑 —「武の成実、智の景綱、吏の綱元」
- 〈鬼庭綱元〉香の前拝領・その1 — 賭け碁で秀吉から勝ち取った
- 〈鬼庭綱元〉秀吉が長寿の秘訣を尋ねた —「石見湯」