〈鬼庭綱元〉66歳で宇和島藩10万石を立ち上げた
慶長20年(1615)、政宗の長男・秀宗が伊予宇和島10万石を与えられると、綱元は嫡男・良元とともに宇和島へ赴き統治機構の立ち上げに携わった。大坂夏の陣には宇和島城から出陣。藩の記録で確認でき、老臣に新藩の制度設計を委ねた事実そのものが綱元の行政手腕への評価を物語る。
慶長20年(1615)、政宗の長男・秀宗が伊予宇和島10万石を与えられると、綱元は嫡男・良元とともに宇和島へ赴き統治機構の立ち上げに携わった。大坂夏の陣には宇和島城から出陣。藩の記録で確認でき、老臣に新藩の制度設計を委ねた事実そのものが綱元の行政手腕への評価を物語る。