〈鬼庭綱元〉香の前拝領・その3 — 碁を打ったのは実は政宗
賭け碁の相手は綱元ではなく政宗で、香の前もまず政宗が拝領したとする説。慶長7年(1602)に政宗が香の前を綱元に下げ渡し、政宗と香の前の子(津多・又四郎)を綱元が実子として育てたことは仙台藩の系譜類で確認できる史実。1594年時点の経緯は3説が併立し「真相は不明」が誠実な結論である。
賭け碁の相手は綱元ではなく政宗で、香の前もまず政宗が拝領したとする説。慶長7年(1602)に政宗が香の前を綱元に下げ渡し、政宗と香の前の子(津多・又四郎)を綱元が実子として育てたことは仙台藩の系譜類で確認できる史実。1594年時点の経緯は3説が併立し「真相は不明」が誠実な結論である。