〈鬼庭綱元〉家康にスカウトされ、破談後に餞別をもらった
出奔中、本多正信を介した家康の誘いは政宗の「奉公構」で破談。同情した家康は中白鳥毛槍・虎皮の鞍覆・紫縮緬の手綱・伝馬朱印状・永楽銭200貫文を贈った。中白鳥毛槍は現存し、昭和48年(1973)に旧松山町の文化財に指定——物証を伴う点で信頼度が高い。心情的な文脈(「いたく同情した」)は家伝の語りである。
出奔中、本多正信を介した家康の誘いは政宗の「奉公構」で破談。同情した家康は中白鳥毛槍・虎皮の鞍覆・紫縮緬の手綱・伝馬朱印状・永楽銭200貫文を贈った。中白鳥毛槍は現存し、昭和48年(1973)に旧松山町の文化財に指定——物証を伴う点で信頼度が高い。心情的な文脈(「いたく同情した」)は家伝の語りである。