甘粕景持
あまかす かげもち ?〜1604
長尾景虎(上杉謙信)に仕え、偏諱「景」を受けて景持と改名したと伝わる。第四次川中島の戦いの殿軍で敵方『甲陽軍鑑』に絶賛され、謙信没後は景勝に仕えて三条城将・検地奉行を歴任。会津・米沢への移封にも従い、慶長9年(1604)米沢で没した。
ゆかりのお城
甘粕景持の逸話
- 〈甘粕景持〉新発田重家の乱で三条城将を務めた
- 〈甘粕景持〉会津・米沢移封に従い、天正寺を開いた
- 〈甘粕景持〉甘糟景継とは同一人物?——いいえ、別人です
- 〈甘粕景持〉永禄2年、金覆輪の太刀を献上した
- 〈甘粕景持〉川中島の殿軍で武田方に「謙信自らの殿軍か」と思わせた
- 〈甘粕景持〉謙信直属「七手組大将」で侍大将筆頭だった
- 〈甘粕景持〉御館の乱で景勝方についた
- 〈甘粕景持〉千曲川で武田別動隊1万2千を1千で防ぎ、大長刀を振るった
- 〈甘粕景持〉「上杉四天王」「越後十七将」の一人
- 〈甘粕景持〉「車懸りの陣」の一翼を担った
- 〈甘粕景持〉天文16年(1547)、三日で「三日城」を築いた
- 〈甘粕景持〉米子不動尊に謙信戦勝祈願の不動明王像を安置した