〈甘粕景持〉謙信直属「七手組大将」で侍大将筆頭だった
「かしら(筆頭)」評は『甲陽軍鑑』の評言【諸説】。一方「七手組大将」は『上杉将士書上』系統の江戸期編纂物由来で同時代史料に見えない【俗説】。しかも天正3年『上杉家軍役帳』・天正5年『上杉家中名字尽』のいずれにも景持の名がなく(国外配置説は推測)、「敵に絶賛されながら動員名簿に見えない」という史料状況そのものが景持の謎を象徴する。
「かしら(筆頭)」評は『甲陽軍鑑』の評言【諸説】。一方「七手組大将」は『上杉将士書上』系統の江戸期編纂物由来で同時代史料に見えない【俗説】。しかも天正3年『上杉家軍役帳』・天正5年『上杉家中名字尽』のいずれにも景持の名がなく(国外配置説は推測)、「敵に絶賛されながら動員名簿に見えない」という史料状況そのものが景持の謎を象徴する。