〈甘粕景持〉「上杉四天王」「越後十七将」の一人

「四天王」の枠組みは江戸期、寛永年間の『上杉将士書上』提出以降に定着した後世顕彰で、同時代に存在した証拠はない。興味深いのは一次史料の乏しい景持が選ばれた理由で、『甲陽軍鑑』=敵方史料での破格の高評価が決定的だったとみられる。「敵に称賛されて後世の序列が上がった武将」という特異な例。

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