〈甘粕景持〉川中島の殿軍で武田方に「謙信自らの殿軍か」と思わせた

初出は敵方『甲陽軍鑑』。約1千の兵を一兵も乱さず約二十町後退させ、犀川対岸に三日留まり敗走兵を収容したと伝える。第四次川中島は一次史料が乏しく細部は軍記記事だが、敵方が上杉家臣を名指しで絶賛する記述には誇張の動機が乏しく、「武田方に強い印象を残した勇将」であった蓋然性は高い。景持の武名が敵の本によって残ったという構図こそ、この逸話の核心である。

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