山中幸盛やまなか ゆきもり 1545〜1578滅んだ主家・尼子氏の再興に生涯を捧げた忠臣。「願わくは我に七難八苦を与えたまえ」と三日月に祈ったと伝わる「山中鹿介」その人です。ゆかりのお城月山富田城(尼子再興を志す)関わった合戦上月城の戦い(1578年)山中幸盛の逸話七難八苦を願った男〈山中鹿介〉尼子再興軍「三度の挙兵」〈山中鹿介〉月山富田城奪回まであと一歩〈山中鹿介〉阿井の渡しでの最期〈山中鹿介〉教科書が作った国民的英雄〈山中鹿介〉品川大膳との一騎討ち(富田川「川中島」の決闘)〈山中鹿介〉白鹿城撤退戦で殿軍、7度撃退〈山中鹿介〉布部山の敗戦と殿軍〈山中鹿介〉「厠から」の脱出劇〈山中鹿介〉上月城の悲劇〈山中鹿介〉長男は鴻池財閥の祖・新六幸元〈山中鹿介〉三日月への祈願「願わくば我に七難八苦を与え給え」〈山中鹿介〉少年期の武勇譚(8歳で敵討ち・16歳で菊池音八討ち)