土屋昌次
つちや まさつぐ 1545〜1575
甲斐の譜代家老・金丸虎義の次男に生まれ、武田信玄の奥近習から側近奉行・侍大将へと昇る。甲斐名門・土屋氏の名跡を継ぎ、禁制・朱印状の奏者と国衆・外交の取次を担った。天正3年5月21日、長篠(設楽原)の戦いで馬防柵に取り付いて討死。その名は『信長公記』の武田方討死衆にも刻まれた。
つちや まさつぐ 1545〜1575
甲斐の譜代家老・金丸虎義の次男に生まれ、武田信玄の奥近習から側近奉行・侍大将へと昇る。甲斐名門・土屋氏の名跡を継ぎ、禁制・朱印状の奏者と国衆・外交の取次を担った。天正3年5月21日、長篠(設楽原)の戦いで馬防柵に取り付いて討死。その名は『信長公記』の武田方討死衆にも刻まれた。