〈土屋昌次〉土屋家はのち徳川の大名・老中家に

昌恒の遺児・忠直は家康側室・阿茶局に養育され、慶長7年(1602)上総久留里藩2万石の大名となった。忠直の次男・数直は老中に昇り、常陸土浦藩主家(のち9万5千石)を興す。武田譜代の忠烈の家が徳川政権下で続いたことは系譜的に確認できる。

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