〈土屋昌次〉川中島の戦功で土屋家を継いだ
『甲陽軍鑑』は川中島の戦功による継承とするが、文書上では永禄9年(1566)閏8月でもなお「金丸平八郎」で、土屋姓の確認は永禄11年(1568)初め。継承自体は史実だが、「川中島の恩賞として」という因果と時期は軍鑑の潤色とみられる。
『甲陽軍鑑』は川中島の戦功による継承とするが、文書上では永禄9年(1566)閏8月でもなお「金丸平八郎」で、土屋姓の確認は永禄11年(1568)初め。継承自体は史実だが、「川中島の恩賞として」という因果と時期は軍鑑の潤色とみられる。