伊東義益

いとう よします 1545〜1569

日向の戦国大名・伊東義祐の次男。兄の早世により嫡子となり、永禄3年(1560)頃に家督を継いで累代の本城・都於郡城主となった。ただし実権は佐土原城の父義祐が保持し続け、権威と実権が分離した「二頭政治」体制の当主だった。永禄12年(1569)7月11日、都於郡の岩崎稲荷に参籠中、急病を発して死去した。

ゆかりのお城

伊東義益の逸話

伊東義益 | デジタル城下町 お城図鑑