〈伊東義益〉急死の死因——病死か、毒殺か

『日向記』系の記録は「参籠中に病にかかって死去」と伝えるのみで病名の記載はない。毒殺を示唆する史料は伊東側・島津側いずれにも確認できず、毒殺説の典拠となる文献は見つからない——「最盛期の若き当主の急死」という状況から生まれた後世(主に現代)の推測・創作の域を出ない。なお伊東家では祖父尹祐・伯父祐充・叔父祐吉・兄歓虎丸と若死・急死が続いており、家系的な文脈では特異ではない。死因は不明、が最も誠実な結論。初出:『日向記』(病死)。毒殺説は初出文献確認できず。

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