〈伊東義益〉「義益が生きていれば」論
長生きしていれば木崎原の敗戦も伊東崩れもなかった——という仮定論は検証不能の歴史ifである。『日向記』の名君像、急死と没落の時期の近接、父の暗君像の三点セットから自然発生的に生まれ、江戸期の家記史観を現代のファンが増幅した形。木崎原の敗因や島津氏の組織力を考えると戦局を変えたかは全く不明。ただし伊東崩れが人心離反による崩壊だっただけに、「慕われた当主が離反の連鎖を防いだ可能性」に限れば一考の余地はある。初出:初出文献なし(近現代の評伝・ネット言説)。
長生きしていれば木崎原の敗戦も伊東崩れもなかった——という仮定論は検証不能の歴史ifである。『日向記』の名君像、急死と没落の時期の近接、父の暗君像の三点セットから自然発生的に生まれ、江戸期の家記史観を現代のファンが増幅した形。木崎原の敗因や島津氏の組織力を考えると戦局を変えたかは全く不明。ただし伊東崩れが人心離反による崩壊だっただけに、「慕われた当主が離反の連鎖を防いだ可能性」に限れば一考の余地はある。初出:初出文献なし(近現代の評伝・ネット言説)。