検証リサーチ / 逸話: /anecdotes/717
「〈真田守信〉「京都で石合戦死亡」の記録が存在する」の逸話はどこまで史実か — 初出史料・異説・後世の脚色を検証する
なぜこの問いか
真田守信にまつわるこの逸話は、図鑑では「史実」としていますが、根拠となる史料と異説までは示せていません。読者が「本当にあった話か」を自分で確かめられるようにしたい。
図鑑の現在の記述・確認してほしい点
図鑑の現在の記述(区分: 史実): 真田家の宿坊・高野山蓮華定院の記録に、元和4年(1618)5月5日「京都に於て印地打ち成され、御死去候」と大八の死亡記事がある。松代真田家の正史『左衛門佐君伝記稿』や『玉露叢』にも大八夭逝の記事があり、「死亡記録の存在」自体は確実である。初出確認は小林計一郎編『真田幸村のすべて』(1989)等。 確認してほしい点: この話が最初に現れる史料はなにか(同時代史料か、後世の編纂物か)。別の説や否定説はあるか。 図鑑の区分・本文に直すべき点があれば、根拠とともに提案してください。
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