検証リサーチ / 逸話: /anecdotes/391
「〈黒田官兵衛〉キリシタン大名だったが、追放令で直ちに棄教した」の逸話はどこまで史実か — 初出史料・異説・後世の脚色を検証する
なぜこの問いか
黒田孝高にまつわるこの逸話は、図鑑では「史実」としていますが、根拠となる史料と異説までは示せていません。読者が「本当にあった話か」を自分で確かめられるようにしたい。
図鑑の現在の記述・確認してほしい点
図鑑の現在の記述(区分: 史実): 受洗(1583年頃、高山右近らの勧め)はイエズス会史料に明記され、洗礼名シメオン、「Simeon Josui」印判も確認される史実。だが追放令後も宣教師の保護・斡旋を続け、死去に際してはキリスト教式の葬儀が仏式とは別に行われた。「即時棄教」とは断定できず、内心の信仰継続をみる研究者が少なくない。 確認してほしい点: この話が最初に現れる史料はなにか(同時代史料か、後世の編纂物か)。別の説や否定説はあるか。 図鑑の区分・本文に直すべき点があれば、根拠とともに提案してください。
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