検証リサーチ / 逸話: /anecdotes/387
「〈本多忠勝〉一言坂の殿軍」の逸話はどこまで史実か — 初出史料・異説・後世の脚色を検証する
なぜこの問いか
本多忠勝にまつわるこの逸話は、図鑑では「史実」としていますが、根拠となる史料と異説までは示せていません。読者が「本当にあった話か」を自分で確かめられるようにしたい。
図鑑の現在の記述・確認してほしい点
図鑑の現在の記述(区分: 史実): 元亀3年(1572)、撤退する徳川軍の殿軍を務め本隊を無事逃がしたことは『三河物語』系統など徳川側諸記録が一致して伝える。一方「小杉左近が道を空けた」美談や、『名将言行録』の「敵味方の間を静かに馬を歩ませた」描写、「漢の張良・樊噲もかくや」の賛辞は後世の軍記・逸話集由来の脚色。 確認してほしい点: この話が最初に現れる史料はなにか(同時代史料か、後世の編纂物か)。別の説や否定説はあるか。 図鑑の区分・本文に直すべき点があれば、根拠とともに提案してください。
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