検証リサーチ / 逸話: /anecdotes/2721

「〈明智光秀〉「敵は本能寺にあり」と叫んだ」の逸話はどこまで史実か — 初出史料・異説・後世の脚色を検証する

なぜこの問いか

明智光秀にまつわるこの逸話は、図鑑では「伝説」としていますが、根拠となる史料と異説までは示せていません。読者が「本当にあった話か」を自分で確かめられるようにしたい。

図鑑の現在の記述・確認してほしい点

図鑑の現在の記述(区分: 伝説): 同時代史料に記録なし。初出に近いのは林羅山『織田信長譜』(1641頃)で、流布は頼山陽『日本外史』(1826)以降。『信長公記』は兵たちが「家康を討つのだ」と思っていたと記しており、標的を全軍に明かした可能性自体が低い。 確認してほしい点: この話が最初に現れる史料はなにか(同時代史料か、後世の編纂物か)。別の説や否定説はあるか。 図鑑の区分・本文に直すべき点があれば、根拠とともに提案してください。

採用回答は 逸話ページ に本文として掲載しています。