検証リサーチ / 逸話: /anecdotes/2709
「〈浅井長政〉姉川の「十一段崩し」」の逸話はどこまで史実か — 初出史料・異説・後世の脚色を検証する
なぜこの問いか
浅井長政にまつわるこの逸話は、図鑑では「伝説」としていますが、根拠となる史料と異説までは示せていません。読者が「本当にあった話か」を自分で確かめられるようにしたい。
図鑑の現在の記述・確認してほしい点
図鑑の現在の記述(区分: 伝説): 磯野員昌が織田の13段構えを11段まで突破したという話の初出は元禄期ごろの『浅井三代記』。『信長公記』に段数の記述はなく、数値は後世の脚色。ただし浅井軍先鋒が織田軍を強く圧迫したこと自体は戦況から否定されない。「大激戦」像自体も『甫庵信長記』以降の増幅との指摘がある(太田浩司)。 確認してほしい点: この話が最初に現れる史料はなにか(同時代史料か、後世の編纂物か)。別の説や否定説はあるか。 図鑑の区分・本文に直すべき点があれば、根拠とともに提案してください。
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