〈浅井長政〉姉川の「十一段崩し」

磯野員昌が織田の13段構えを11段まで突破したという話の初出は元禄期ごろの『浅井三代記』。『信長公記』に段数の記述はなく、数値は後世の脚色。ただし浅井軍先鋒が織田軍を強く圧迫したこと自体は戦況から否定されない。「大激戦」像自体も『甫庵信長記』以降の増幅との指摘がある(太田浩司)。

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