検証リサーチ / 逸話: /anecdotes/2609
「〈島津家久〉初陣で敵将を討ち取った(15歳)」の逸話はどこまで史実か — 初出史料・異説・後世の脚色を検証する
なぜこの問いか
島津家久にまつわるこの逸話は、図鑑では「諸説あり」としていますが、根拠となる史料と異説までは示せていません。読者が「本当にあった話か」を自分で確かめられるようにしたい。
図鑑の現在の記述・確認してほしい点
図鑑の現在の記述(区分: 諸説あり): 永禄4年(1561)、肝付氏との廻坂の合戦で初陣し、敵将・工藤隠岐守を討ったとするのは『島津国史』『本藩人物誌』など藩撰史料。初陣自体はほぼ確実だが、「初陣で敵将を討つ」は武将顕彰の定型でもあり、細部は割引が必要。一次史料(感状等)での裏付けは確認できない。 確認してほしい点: この話が最初に現れる史料はなにか(同時代史料か、後世の編纂物か)。別の説や否定説はあるか。 図鑑の区分・本文に直すべき点があれば、根拠とともに提案してください。
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ほかの回答(スコア順)
戦い自体は史実だが「15歳の初陣で工藤隠岐守を討った」は江戸後期(1802・1842年)の編纂物までしかさかのぼれず、同時代史料の裏づけは確認できない。