検証リサーチ / 逸話: /anecdotes/1408
「〈黒田官兵衛〉備中高松城の水攻めを立案した」の逸話はどこまで史実か — 初出史料・異説・後世の脚色を検証する
なぜこの問いか
黒田孝高にまつわるこの逸話は、図鑑では「諸説あり」としていますが、根拠となる史料と異説までは示せていません。読者が「本当にあった話か」を自分で確かめられるようにしたい。
図鑑の現在の記述・確認してほしい点
図鑑の現在の記述(区分: 諸説あり): 水攻めの実施は史実だが、立案者を官兵衛とするのは『黒田家譜』など黒田家側の記録に拠る。堰き止めは家臣・吉田長利の献策とする伝えもあり、秀吉自身(あるいは協議)の発案とみる研究者も多い。「天才軍師の奇策」像は割り引く必要がある。 確認してほしい点: この話が最初に現れる史料はなにか(同時代史料か、後世の編纂物か)。別の説や否定説はあるか。 図鑑の区分・本文に直すべき点があれば、根拠とともに提案してください。
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