上杉景勝うえすぎ かげかつ 1556〜1623謙信の家督を継いだ寡黙な武将で、豊臣政権の五大老の一人。会津120万石から米沢30万石へ減らされてもなお家臣を召し放たず、家中の結束を守りました。ゆかりのお城春日山城(居城)鶴ヶ城(城主)米沢城(城主)関わった合戦御館の乱(1578年)上杉景勝の逸話直江状御館の乱と鮫ヶ尾城〈上杉景勝〉「滅亡は死後の思い出」書状〈上杉景勝〉魚津城の守将たちへの激励状〈上杉景勝〉直江状が関ヶ原の引き金になった〈上杉景勝〉御館の乱と甲越同盟〈上杉景勝〉慶長出羽合戦と兼続の自害未遂〈上杉景勝〉家臣を一人も減らさなかった〈上杉景勝〉鴫野の戦いと「持ち場を離れず」〈上杉景勝〉父・長尾政景は謀殺された〈上杉景勝〉生涯一度しか笑わなかった〈上杉景勝〉家臣は咳払いすら憚った〈上杉景勝〉前田慶次が景勝の膝にだけ乗れなかった〈上杉景勝〉極端な女嫌いで菊姫と不仲だった