真田昌幸
さなだ まさゆき 1547〜1611
「表裏比興の者」と呼ばれた知将。上田城を築き、徳川の大軍を二度にわたり退けました。
ゆかりのお城
関わった合戦
真田昌幸の逸話
- 天下を動かした名胡桃城
- 沼田城と小松姫
- 幸村ゆかりの岩櫃城
- 真田の上田城
- 〈真田昌幸〉長篠で兄二人が戦死し家督相続
- 〈真田昌幸〉秀吉が「表裏比興の者」と評した
- 〈真田昌幸〉九度山で困窮し、仕送りを催促し続けた
- 〈真田昌幸〉信玄が「わが両眼」と評した
- 〈真田昌幸〉「主家を7回変えた」
- 〈真田昌幸〉犬伏の別れ — 親子三人の密談
- 〈真田昌幸〉「家存続のため」あえて東西に分かれた
- 〈真田昌幸〉秀忠軍38,000を足止めし関ヶ原に遅参させた
- 〈真田昌幸〉神川を堰き止めて徳川軍を押し流した
- 〈真田昌幸〉密談を覗いた重臣に下駄を投げた
- 〈真田昌幸〉敵の伝令を城内に通してやった
- 〈真田昌幸〉遺言「三年の内に天下に事あらば」と徳川迎撃の秘策
- 〈真田昌幸〉家康が「親の方か、子の方か」と震えた