〈真田昌幸〉九度山で困窮し、仕送りを催促し続けた

信之への援助催促の書状が20通余り現存する。扶助金の残り20両を「借金が多いので一日も早く」と催促し、火事の再建に100両を借りた記録も。なお「焼酎を送ってほしい」と無心した有名な書状は息子・信繁のもの(信之家臣宛)で、昌幸の書状ではない — 父子の逸話は混同されやすい。

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