〈里見義弘〉越相同盟に反発し、武田信玄と結んだ

永禄12年(1569)の越相同盟(上杉・北条)で北条側は里見攻撃の容認を求め、謙信は長年の盟友の扱いに苦慮した — 上杉家文書などから経緯が追える。義弘は同年8月までに甲房同盟を締結して上杉と断交。元亀2年(1571)の甲相同盟復活後も武田と結び続け、天正3年(1575)頃には上杉との房越同盟を復活させた(細田大樹「天正三年の房越同盟の復活」)。外交巧者ぶりを示す確度の高い事実である。

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