〈里見義弘〉三船山合戦で北条氏政の軍を撃破した

同時代の書状・感状類から、永禄10年(1567)8月23日前後に上総三船山周辺で合戦があり里見方が勝利したこと、北条方の太田氏資が殿軍で戦死したことが確認できる。国府台の大敗から3年での逆転勝利で、これを機に上総国衆の再帰参が進み最大版図が成立した。ただし「北条軍数万」といった兵力数は軍記由来で信頼できない。

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