〈里見義堯〉稲村城事件(稲村の変、1533)

天文2年7月27日、義豊が稲村城で実堯と正木通綱を誅殺。事件の発生と日付は同時代史料・寺社記録から確実。ただし従来の「義豊の暴挙」像は勝者側の潤色で、当主が謀反の疑いある叔父を処断するのは当時の論理では正当な措置だった。背景解釈は諸説。

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