〈長野業正〉箕輪城落城は1563年ではなく1566年 — 「1563年没」説の正体

『箕輪軍記』『関八州古戦録』『甲陽軍鑑』等は永禄6年(1563)落城とし長く通説だったが、落城を記す同時代文書はなく、近年は長年寺文書等により永禄9年(1566)落城説が有力。業正の没年を「1563年」とする俗説は、この落城旧通説との混同から生じたとみられる。正しい没年は永禄4年(1561)である。

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