〈最上義守〉焼かれた立石寺を再建し、延暦寺の分燈を受けた
大永2年(1522)に天童頼長が焼き討ちした立石寺(山寺)を天文4年(1535)に再建し、天文12年(1543)には比叡山延暦寺から法燈を分けて再興した。「立石寺文書」および寺伝が伝える。現在も山寺に灯る「不滅の法灯」の由緒に義守が関わる、文化・宗教政策の見どころである。
大永2年(1522)に天童頼長が焼き討ちした立石寺(山寺)を天文4年(1535)に再建し、天文12年(1543)には比叡山延暦寺から法燈を分けて再興した。「立石寺文書」および寺伝が伝える。現在も山寺に灯る「不滅の法灯」の由緒に義守が関わる、文化・宗教政策の見どころである。