〈本山茂辰〉父・茂宗の代に土佐七雄最大の勢力を築いた
茂宗(梅慶)が山間の本山郷から南下し、朝倉城を拠点に土佐郡・吾川郡を制圧したことは、軍記の記述に加え、朝倉城の大規模な城郭遺構(高知市指定史跡)や周辺国人の従属関係から研究上も認められている。茂宗が長宗我部氏を「虎の威を借る野狐」と嘲った話は軍記由来の諸説。初出:『土佐物語』巻二〜四ほか。
茂宗(梅慶)が山間の本山郷から南下し、朝倉城を拠点に土佐郡・吾川郡を制圧したことは、軍記の記述に加え、朝倉城の大規模な城郭遺構(高知市指定史跡)や周辺国人の従属関係から研究上も認められている。茂宗が長宗我部氏を「虎の威を借る野狐」と嘲った話は軍記由来の諸説。初出:『土佐物語』巻二〜四ほか。