〈細川晴元〉将軍義輝に二度置き去りにされた

天文21年(1552)と永禄元年(1558)、義輝は晴元を置いて長慶と和睦した。1552年には晴元のみ和を拒んで出家し、嫡男は人質に。かつて将軍を挿げ替えた男が「対三好カード」として使われては切られた経過は『言継卿記』『厳助往年記』に残る。

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