〈武田勝頼〉信玄を超える最大版図を築いた

天正2年(1574)、東美濃18城砦を攻略し、信玄が落とせなかった高天神城を陥落させて東遠江をほぼ平定。この時点で武田氏の領国は史上最大となった。平山優はさらに、長篠敗戦後の天正7〜9年に「武田氏最大規模の領国」を築いたと評価し、「長篠敗戦=滅亡の直接原因」説を退けている(最大版図の時期には諸説)。

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