〈保科正俊〉「槍弾正」の異名

弾正忠を称したこと、『甲陽軍鑑』に信濃先方衆「保科弾正」(120騎持)として載ることは史実。だが「槍弾正」という異名そのものは同時代史料に見えず、明確な初出文献を特定できない。江戸期の軍記・武辺咄から近代の武将評判記を経て定着した俗称とみるのが妥当で、槍働きの具体的な武功譚も同時代史料にはほとんど残っていない。

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