〈里見義弘〉落首を奨励し、民の告発で家臣の不正を処分した
「福原の都人とは聞きつれど 年貢につけてしなのあしさよ」という落首から家臣の年貢不正を知り処分した — 初出は近世軍記『里見九代記』で、一次史料の裏づけはない。「名君が匿名の声で悪臣を正す」類型説話であり、里見氏を仁政の家と描く江戸期の顕彰文脈で成立したとみられる。ただし湊町振興など民政に意を用いた領国経営自体は文書から確認できる。
「福原の都人とは聞きつれど 年貢につけてしなのあしさよ」という落首から家臣の年貢不正を知り処分した — 初出は近世軍記『里見九代記』で、一次史料の裏づけはない。「名君が匿名の声で悪臣を正す」類型説話であり、里見氏を仁政の家と描く江戸期の顕彰文脈で成立したとみられる。ただし湊町振興など民政に意を用いた領国経営自体は文書から確認できる。